コンサルタントが最初に問うべきRight Question: “クライアントはなぜ問題に手をつけないままでいるのか?”

コンサルタントが最初に問うべきRight Question: “クライアントはなぜ問題に手をつけないままでいるのか?”

 

今日は、このシリーズの最終回です。タイトルに掲げたQuestionが微妙に違うのにご注意ください(笑)。

このシリーズでは、大きな成果を挙げたコンサルティングで、終わってみれば解決策は当たり前のことであることが多いのに、なぜそれまで解決されていなかったのかの理由を探ってきました。

前々回、前回と、その理由として、解決策が間違っている、問題として捉えたものが間違っている、の2つのケースを検討してきました。

これらは、問題に手をつけたけれどそのやり方が間違っていたと言う場合です。では、そもそも問題に手をつけていないのはどのような時なのでしょうか?

そもそも問題に手をつけようとしないことは多々ある

実は、このようなことはしばしば起こります。

95年にコンサルティング部門に異動した際、New Jersey州Palisades(マンハッタンとハドソン川を挟んだ向かい側)の研修センターで3週間コンサルティング研修を受けました。その時の講義で印象に残っている話があります。

ある時、大会社の役員会に一人のコンサルタントが呼ばれました。役員室に入ると役員達は熱心に会社の方針を議論しているところでした。ところが、コンサルタントは異様なことに気がつきました。なんと、役員室の大テーブルの上に巨大なムース(ヘラジカ)の死骸が横たわっていたのです。

思わず周りを見回すと、役員の誰一人としてうろたえた様子もなく平然と議論し続けています。コンサルタントは一瞬自分が幻を見たのかと疑いましたが、ムースは確かに実在しています。

しばらく呆れながら様子を観察した後でコンサルタントが下した結論は、こうです: 「この役員達はムースが実在していることは知っている。ただ、その存在を認めたくないので無視しているのだ。」

英語の能力のせいもあってか、この話を最初に聞いたときには講師が何を伝えたいのかさっぱり分かりませんでしたが、今はよくわかります。日本語で言う「臭いものには蓋」にあたる言い回しで、コンサルタントはそれが会社の上位層にも起こることを知っておくべきだということです。

ここまでの話は、問題に手をつけないままでいる理由の一つとして、「問題から目を背ける」というものがあるということです。

なぜ問題を放置したままでいるのか?

まともな経営者・従業員なら本来は「問題から目を背けたい」とは思わないはずなので、こうなるのは問題を解決できる形で認識できないからでしょう。すなわち、問題が手を付けられずにそのままになっているのは、「問題を解決できる形で認識できない」のが理由ということになります。

解決できる形で認識できないがために問題がそのまま放置されているのには、いろいろなパターンがあります。私なりに自分の経験や知識を整理してみると、少なくとも以下のようなものがあります。

  1. (そもそも)問題に気づかない
  2. 「解く必要のない/解けない」問題に取り組む
  3. 問題の記述が稚拙で何を解こうとしているのかわからない
  4. 問題を構造化できない
  5. 問題の認知方法にバイアスがある
  6. いきなり成功を求める

たとえば、前回述べた部品メーカーの場合は、「開発リードタイムの短縮」という一事業部の力量を超えた問題として設定してしまったため、2の「解けない」問題に直面し茫然自失となったのです。

そして、「プロジェクトの詰め込みすぎ」という問題を扱うべきと気がついた後でも、私たち外部のコンサルタントの手を借りなければ、問題を皆で合意できる形に表現できませんでした。自分たちだけでは、3のパターンに陥ったのです。

大きな会社でよくあるのが、中間管理職が自分の解釈を加えて上層部に報告することです。中間管理職には他意はないのかもしれないのですが、「事実を丸めて」しまうのでトップが正確な判断をできなくなるケースが多々あります。これは「二次情報で問題を設定する」というケースで、5のバイアスの一つになります。

全3回のまとめ

このリストの詳細についてはいつかまた議論したいと思いますが、これまで3回議論してきたことをまとめると次の図のようになります。

問題はなぜ解けないままか

プロのコンサルタントとしては、この図の上の方はむしろ簡単でラッキーなケースだと理解すべきでしょう。そして、一番下の状況になっている場合にその原因を究明することこそコンサルタントの本分だと受け止めるべきでしょう。

今回も、ライト、ついてますか―問題発見の人間学: ドナルド・C・ゴース, G.M.ワインバーグからの次の引用で締めくくることにします。

“自分が問題を抱えていると知っているかどうかは、感じ方の問題だ。では、何が問題なのかを知ることについてはどうか?それは別問題である。確かにたいていの人は、問題が何であるかを知っていると思っているものだが、彼らはその点ではたいていの場合に間違っている。”

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