新しい読み書きそろばん(リテラシー):「検索される」ためのスキル

新しい読み書きそろばん(リテラシー):「検索される」ためのスキル 

今日は、「検索される能力が無いと世の中から取り残される」ということについて書きます。

検索がインフラとなった世の中

先日 初心者向けリスティング広告実践講座 | TechAcademy を受講した際、講師の西村多聞さんが「検索がインフラとなった」と言われた言葉が耳に残っています。

確かに最近の自分の行動を見ても、「何をするにもまず検索」です。

バリ島観光プラニング・ガイドで書いた旅行の計画も、「ジャカルタ空港、乗り換え」、「バリ島、車チャーター」等といった検索から始まり、その検索結果をもとにしてすべてネットで予約を済ませました。便利な世の中になったものです。

時代に合ったリテラシーが必要

このように検索が当たり前のインフラになり、世の中が大きく変わりました。当然その中で人々が生きて行くために必要な能力(リテラシー)も変わるはずです。

ここでリテラシー とは – コトバンクは、「読み書き能力。また、与えられた材料から必要な情報を引き出し、活用する能力。応用力」を指します。

文字が発明され大量の情報が「書き言葉」で交換される時代には、「文字が読める」というリテラシーが無いと、それだけで貧困層に突き落とされます。

ただ、上記のリテラシーの定義の後半はもっと幅広いものを指しています。

最近は就活時に面接の特訓をやるようですが、これは面接官が何を見るかという情報(与えられた材料)が普及したために、それを活用する能力の向上策も普及したということです。ある意味でリテラシーが向上したことになるのかもしれません。

(もっとも、私のような面接官側は最初の年こそ「おや、今年の学生は総じてレベルが高くなったな」と思っても、次の年からは「どいつもこいつも同じことを言う」とうんざりして面接のハードルを上げるので、余り効果的とは思えませんが。。。)

もう少し少数の人々がリテラシーとして備えているものに、「生涯所得を高めるために自分の努力だけでなく環境要因も生かす」というのがあります。

たとえば、こう書くと怒られるかもしれませんが、東京に住む一部の人は実感しているが地方では実感されにくいかも知れない環境要因に、 年収は「住むところ」で決まる  というものがあります。

日本のように「就社」する国ではピンとこないかもしれませんが、アメリカのように「就職」する国では、「歴史学の学位をとっても生涯所得は高卒より低い」(歴史学のスキルを必要として雇う人はいないので高卒で働いた方が得)というのも、知っているのと知らないのでは人生を大きく分ける重要な環境要因でしょう。

検索時代に必要とされるリテラシーは「検索する」能力?

では検索が当たり前になった時代に必要となる新たなリテラシーは、何でしょうか?

まず第一は、「検索能力」ですよね?

自分が検索したい内容をきちんと把握して、それを的確な検索キーワードに落とさないことには、欲しい情報が手に入りません。(この能力に関してきちんと解説したものとして、情報検索のスキル―未知の問題をどう解くか (中公新書): 三輪 真木子という本があります。)

私が最初にインターネットのブラウザMosaicを見たのは、それが開発された翌年の1994年でした。研究所にいたので世間の人よりはるかに早く知ることができて、その潜在的可能性に唸るとともに、スピードの遅さに「これは実用にならないかも」とも思ったものです・

ところが、コンサルティング部門に異動した1995年の12月に、当時としては画期的に高速な検索エンジンAltaVistaが誕生しました。

翌年、クレジットカード会社のコンサルティング・チームに入りました。私だけが業界の素人だったので、ハンディキャップを克服するために、日本ではビジネスには誰も使おうとしていなかった検索に賭けてみました。

まだ未熟な検索システムだったので、キーワードにフレーズ一致するものを順不同で提示してくれるだけでしたが、キーワードを何度も入替え、その都度20ページくらいを丹念に読む作業を繰り返しているうちに、アメリカのクレジットカード業界の最新情報を集めているページが出てきました。お客様担当の営業に伝えると、「これは絶対お客様には見せない。自分たちの宝にする」との反応でした。

このような状況下では、確かに検索能力は重要な差別化要因ですよね。

今の時代に重要なのは「検索される」能力

翻って、私がバリ島への旅行を計画したときの状況はどうでしょうか?

確かに検索でできることを知っている、知らないは、大きな差を生むので重要なリテラシーです。しかし、検索のキーワードを思いつく技術は(専門領域を別とすれば)それほどの差を生みません。

私が使ったキーワードは、自分の関心事をそのまま表現したものです。「車チャーター」はバリ島の観光事情を知っていないと出てこないかもしれませんが、それも「バリ島 観光」で検索すれば、車チャーターがバリ島内の観光の主要手段であることはすぐに分かります。

このように簡単に検索できるようになると、昔のように検索キーワードを工夫することは無くなります。とりあえず思いついたキーワードでまずは検索します。そして殆どのケースで、それだけで事足ります。

事足りると書きましたが、それは世の中で重要なあるいは優れた情報がすべて見つかったことは意味しません。でも、事足りるのでそれ以上探す必要を感じないのです。

これを逆側から見るとどうなるでしょうか?自分が何か素晴らしいことを発信しようとしていても、検索側の最初のキーワードに引っかからなければアウトということです。

世の中で仕事をして行くためには、仕事相手から自分の価値を認めてもらう必要があります。その前提として、まず自分を「識ってもらう」必要があります。

これまでは、この「識ってもらう」重要手段が人脈の構築でした。そして、 スペシャリストかゼネラリストか? ー マーケットを見て選択する でも書きましたが、人々は、「安定的マーケット」の存在を前提として長い時間をかけて人脈を構築してきました。

人脈の構築は、これからも仕事をして行くための重要な条件であることに変わりはありません。しかし、ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉: リンダ・グラットンが述べるように、終身雇用の「契約」が崩れ始めゼネラリストから連続スペシャリストへの転換を迫られている世界では、人脈の構築方法も多様化するでしょう。

長年の付き合い以外の「識ってもらう」方法も必要となり、その代表的方法がネットに有力なコンテンツを発信し「検索される」ことなるでしょう。

今SEOと呼ばれているものが特殊技術ではなくリテラシーになる

このような文脈で考えると、SEO、リスティング広告など現在特殊な技術と思われているものが、「人から検索される」ために誰もが身につけるべきスキル(リテラシー)になることが分かるでしょう。

なぜ特殊技術と見えるものをリテラシーなどしゅと大袈裟に呼ぶのでしょうか?その理由は、検索の殆どのシェアが二大勢力GoogleとYahooに占有されているからです。彼らの仕組が世の中のインフラになってしまったのです。その結果、彼らの仕組を前提として行動するしか無くなったということです。

もちろんGoogleの登場で世の中の検索の仕組ががらっと変わったように、新たな技術が登場すれば、シェアも変わり別の対策が必要となるかもしれませんが。。。

今の段階で、人に先んじて「検索されるスキル」を身につけようとするなら、検索にガンガンヒットさせるSEOの教科書: 渡辺 隆広を読むのが良いと思います。タイトルは余り品が良くありませんが、単なる技術的説明では無く、その技術がなぜ必要かの背景が良く書いてあります。

2008年から改訂されていないので技術進歩の速い世界では古い本のように見えますが、背景がきちんと書いてあるので現在でも充分通用する本です

まとめ

  • 終身雇用制が崩れ人材の流動性が高まる世界では、人脈の構築方法も多様化し、ネットで「識り合う」比重が高まる
  • 検索技術が向上すると、人は思いついたキーワードを入れるだけで欲しい情報が得られるようになり、検索を工夫することが無くなる
  • そのような世界で人脈を構築し上手に仕事をしていくためには、「検索されるスキル」が重要なリテラシーとなる

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